1954/11/24 旧ユーゴスラビア・サラエヴォ生まれ
クストリッツアの映画を見るといつも疲れる。だがその疲れがやめられない。 それは、エネルギーを吸い取られる疲れではなく、エネルギーをガンガン与えてもらえる疲れだからだろう。 作品の多くは一見、馬鹿騒ぎしているだけに見えるし、上品とは言いがたい。 だが、作品のすべてに生命力があふれている。まるで映画そのものが生きているようだ。
川辺で暮らす盗人ジプシー、戦時下を生きる市井の民、アナーキスト…。
すべての人間が、時代の流れや苦しい社会状況などを蹴散らして生きているのである。 クストリッツアは、踏まれれば踏まれるほど強くたくましく再生する雑草人間をこよなく愛する映画監督、と言えるだろう。
クストリッツア監督のオフィシャルサイト
主な作品:
On the milky road(2016) 監督 モニカ・ベルッチ出演
世界でいちばん貧しい大統領 愛と闘争の男、ホセ・ムヒカ
EL PEPE, UNA VIDA SUPREMA(2015) 監督
Words with Gods (2014) 監督 G・アリアガ製作のオムニバス映画
セブン・デイズ・イン・ハバナ 出演 フェアウェル 出演 Cool Water (お蔵入り?) 監督 パレスチナ人の兄弟が父親の死体を運ぶ珍道中を描く
Tweaker's Delight (お蔵入り?) 監督
MEXICO (お蔵入り?) 監督 メキシコの革命家パンチョの物語
マラドーナ (2008) 監督 アルゼンチンの英雄兼お騒がせ男のドキュメンタリー
ウエディングベルを鳴らせ(2007) 監督
それでも生きる子供たちへ(2007) 監督(オムニバス)
ライフ・イズ・ミラクル(2005)
SUPER 8 (2001) サントラはこちら
サン・ピエールの生命(いのち) (1999) 出演
黒猫・白猫 (1998) 、アンダーグラウンド (1995)
サントラはこちら
アリゾナ・ドリーム (1992)、ジプシーのとき (1989)
、パパは、出張中! (1985)
、ドリー・ベルを覚えているかい?(1981) 主な受賞歴:
ヴェネチア国際映画祭 :1998年 監督賞受賞「黒猫・白猫」
カンヌ国際映画祭: 1995年 パルムドール受賞「アンダーグラウンド」
ベルリン国際映画祭:1993年 銀熊賞受賞「アリゾナ・ドリーム」
カンヌ国際映画祭: 1989年 最優秀監督賞受賞「ジプシーのとき」
カンヌ国際映画祭: 1985年 パルムドール受賞「パパは出張中!」
【CINEMAレビュー】
世界でいちばん貧しい大統領 愛と闘争の男、ホセ・ムヒカ 原題:El Pepe, Una Vida Suprema
エミール・クストリッツア監督・聞き手、ホセ・ムヒカ、ルシア・トポランスキー出演
軍事政権下、ゲリラ集団トゥパマロスの一員として活動し、12年もの長い間、刑務所で生活をした後、大統領となったムヒカの半生を追ったドキュメンタリー。
マテ茶を愛するムヒカと、葉巻をふかすクストリッツア監督が、言葉も発さずに座っている姿がとても印象的。両者とも、心の奥に熱いものがあるのに、それをあえて出さないシャイな感じが微笑ましかった。
中盤は、ムヒカの映画、というよりは、妻や同志の語りも多く、トゥパマロスの映像もかなり入っているので、ウルグアイの政治史としてみることもできる。
反ムヒカの市民とやり合うシーンもあるなど、ムヒカの好々爺としての表の顔の裏に隠されたゆるぎない信念も見ることができた。「他人の金で儲けるのが資本主義」「文化はよりよい社会を作る土台」「世界を変えるにはたくさんの学校が必要」「体制を壊すのは簡単、作るのは難しい」などなど、印象に残る発言が多数あり。妻のルシアが「彼には人にわかりやすく伝える能力がある」と言っていたが、良くも悪くも大統領に求められるのは「わかりやすさ」なのかもしれない。愛されキャラって得だよな、なんて思ってしまった。2020.05
ドリー・ベルを覚えているかい? DO YOU REMEMBER DOLLY BELL? 出演:スラヴコ・スティマチ |
スロボダン・アリグル ディチ |
ミラ・バニャッツ/サラエボで暮らす少年ディーノ。共産主義に傾倒する父は毎晩のように息子たちを食卓に座らせ会議のまねごとをしている。ある日、ディーノは町のチンピラから若い女「ドリー・ベル」をかくまってほしいと頼まれる。1981年製作のクストリッツア初期作品。たくさんの家畜、スラヴコ・スティマチ演じる純朴な青年、歌と踊り。数々の名作の原点となるテイストが盛り込まれている。初期作品なので、こなれていない感は否めないが、サラエボの庶民の生活感が画面から伝わってきて興味深かったのだが、笑いのツボが今一つよくわからず。それでもクストリッツア監督ウォッチャーとしては、この作品を見れたことに価値がある。2023.11
オン・ザ・ミルキー・ロード ON THE MILKY ROAD 監督: エミール・クストリッツァ
出演:モニカ・ベルッチ、エミール・クストリッツァ、プレドラグ・マノイロヴィッチ、 スロボダ・ミチャロヴィッチ☆戦争中のとある国の戦場でミルクを売るコスタは、農家の娘ミレナに求婚される。ミレナはまもなく戦地から戻る兄の結婚式と同じ日に式を挙げたいと言い出す。兄の花嫁候補は難民キャンプで見つけたイタリア系の美女。コスタは彼女に引かれていく。戦場で生まれた中年の男女の恋と彼らを取り巻く人間たちの姿をコミカルに描きながら、戦争の惨さを滑稽かつ悲惨に描いている。同時期に『アンダーグラウウンド』完全版を見ていたせいか、作風が大人になった感あり。傑作『アンダーグラウンド』ではギャグも音楽も戦争もアピールが凄まじいくハイパーエネルギッシュ。この映画、若い頃に見たからノックダウンされずに受け止められたけど、もし中年の今、初めて見てたら疲れの方が先にきたかもしれない。その意味でミルキーロードはより洗練されていた。ギャグ、恋愛、風刺、そして感動のエンディングまでの構成力が抜群で、まったく飽きることなく笑い、泣き、そして感度することができた。ときに鳥の視点から描くという感性もすばらしい。血まみれのアヒルや地雷にやられまくる羊や撃たれるロバなど、弱者である動物たちの死をコミカルに描くことで、戦争の惨さがあぶりだされていた。他方、ミレナと兄ちゃんの丸こげ遺体には笑ってしまったけどね。死をも笑いに変えられるのもクストリッツア監督作ならでは。ラブストーリーだったんだ、と再認識させられるエンディングは今思い出してもじわっと涙腺が緩みます…。2017.9
マラドーナ MARADONA BY KUSTURICA
エミール・クストリッツァ監督、ディエゴ・マラドーナ出演☆無類のサッカー好きで知られるクストリッツア監督が、アルゼンチンの英雄ディエゴ・マラドーナの真の姿に迫ったこの作品は、監督へのマラドーナへの思いがぎっしり詰まっている。過去の輝かしいドリブル&シュート・シーン、英米を厳しく批判し、カストロやチェ・ゲバラを礼讃する攻撃的なマラドーナ、コカイン中毒で醜く太ったマラドーナ、家族を悲しませたことを悔恨するマラドーナ…。
さまざまな顔を持つマラドーナの姿が、何度も何度も繰り返し映し出される。
英米中心の帝国主義をちゃかしたようなクストリッツアらしい皮肉たっぷりのユーモアも盛り込まれているので、マラドーナの過激発言もどこか劇画っぽく、笑いを誘う。
イギリスもアメリカも、FIFAのお偉いさんも、マラドーナにかかったらすべてがクソ野郎。庶民の味方、「反権力」こそがマラドーナ!
それは、アルゼンチン国民、いや世界中のマラドーナ・ファンが望む姿であり、彼は“マラドーナ”というアイコンを自分自身で作りあげ、それを演じているのだ。
一方、コカイン中毒でボロボロになったマラドーナもまた真の姿だ。「娘が成長している貴重な時間に、自分はラリっていた」と、過去の過ちを素直に認め、ドラッグにおぼれたことを延々と後悔する。そんな情けないけど素直なマラドーナをみると、ヤンチャ坊主の失敗をつい許す気になってしまう。すべてにつけてお騒がせ男。完璧からはほど遠いからこそ、人は彼を憎めない。そこが彼の魅力なのだ。
意外だったのは、彼の妻の発言である。あれだけのスターなので、何度も妻を変えているのかと思っていたら、意外や意外。最初の妻クラウディア(正式には元妻)が、今でもマラドーナの側にしっかりと寄り添っているのだ。彼女は、破天荒なマラドーナの最愛の信奉者であり、何があっても彼を見捨てない強さを持っている。
クストリッツアの問いに「苦難を乗り切ったのは自分」と言いきった彼女の発言は、いかにマラドーナと共に生きることが大変だったかを物語っている。
(タイガー・ウッズの妻も、クラウディアのようであったなら…。
金目当ての自称愛人どもも、この映画見ろーっ!
そんな女たちを好むウッズにも責任はあるけど、選ばれし天才の私生活に、品行方正を望むこと自体が陳腐…)
などなど、この映画を見ている最中は、様々なことに考えが及び、脳みそフル回転の興奮状態に陥ったが、もっとも印象に残ったシーンは、ベオグラードの名門チーム、レッドスターの本拠地で、マラドーナとクストリッツア監督がパスをするシーン。
サッカー少年に戻って球蹴りを楽しむオッサン二人の無邪気さがたまらなくキュートで、やっぱりこの二人のファンは辞められないわ〜と再確認した。
この映画の直後、マラドーナが代表監督になり、来年はいよいよワールドカップ本戦。
何か、大きなことをやらかしてくれろうな予感でワクワクである。
マラドーナのその後を追った第2弾が作られると信じたい。
最後にもう一言:マラドーナを神と崇める「マラドーナ教」とその信者たちには爆笑。洗礼は神の手ゴーーーール!!先日のアンリの“疑惑の手”ゴールとは格が違います。2009.12
ウェディング・ベルを鳴らせ! ZAVET PROMISE ME THIS
エミール・クストリッツァ監督、ウロシュ・ミロヴァノヴィッチ、マリヤ・ペトロニイェヴィッチ出演
☆山あいの村で育った少年ツァーネは、イタズラ好きな祖父とともに、伸び伸びと田舎生活を謳歌していた。
ツァーネにも嫁さんを、と考えた祖父は、ツァーネに3つの約束をさせて町へ送り出す。はじめて町を訪れたツァーネは高校生のヤスナに一目ぼれ。だが、町の大物ヤクザもヤスナを狙っていた。
能天気な祖父と少年の田舎暮らしは、まるでパラダイスのように明るくて、二人のイタズラ合戦も微笑ましい。テリー・ギリアム作品にも通じる奇天烈さだ。
祖父ちゃんはおそらくロシア系で、オリンピック中継のロシア国歌を感慨深げに聞いたりしているのだが、政治的な背景は、今回の作品ではほとんど出てこない。
好奇心旺盛な少年の目からみた大人の社会を思い切り茶化し、とことんコミカルに描いている。 そうはいってもクストリッツアなので、深読みしようと思えば出来ないことはない。 でも、そんなことは他の作品でやればいいこと。この映画では、単純で能天気な人間たちを笑い飛ばし、小さな仕掛けにクスクス笑いながら、クストリッツア・ワールドを楽しむのがベストだろう。
空飛ぶ人間(なんで飛んでいるのか意味不明)、存在感たっぷりの愛すべき動物たち(牛、猫、鶏などなど)、落とし穴に落ちたり、木に登ったり、戦車ぶっぱなしたり…。クストリッツアお決まりの笑いどころ満載なのだから。
個人的にはまったのは、靴屋の凸凹兄弟のキャラ。アホ丸出しの脇役なのだが、ツァーネが窮地に陥ると、どこからともなく現れる「月光仮面」のような存在なのだ(古い例え^^;)。
&もう一つうれしかったのは、テレビで流れる映画が「タクシー・ドライバー」だったこと。私のお気に入り監督の変遷は、スコセッシ→ギリアム→クストリッツアなのだが、みんなしっかりと繋がっているのです。好きになってよかったデス。
(ぼったくり気味の薄いプログラムには、今の映画界では「タクシー・ドライバー」や「レイジング・ブル」のようなアウトサイダー映画が排除されていることを嘆く一文あり)
12月公開の「マラドーナ」も待ち遠しいわ〜。
2009.10
それでも生きる子供たちへ LES ENFANTS INVISIBLES ★★
カティア・ルンド、スパイク・リー、エミール・クストリッツァ、メディ・カレフ、ステファノ・ヴィネルッソ、ジョン・ウー、ジョーダン・スコット、リドリー・スコット監督
☆「ブルー・ジプシー」:舞台はセルビアの少年院。出所を控えたジプシーの少年マルヤンは、仲間たちの髪を刈りながら床屋になる夢を語る。仲間たちの合唱に送られながら出所した少年は、迎えにきた父親からさっそく盗みを命じられる。
能天気で、転んでもタダでは起きない小悪党集団。そんな悪党に育てられたら、子供もたくましくならざるを得ない。主人公のマルヤンは、一見純真無垢な少年だが、少年院の常連で盗みの腕はプロ級。ケッサクのオチに「それでも生きろ! 子供たち」と、エールを送りたくなった。ユニセフ映画と言えどもクストリッツァ節のブラックな笑いは顕在です。
☆「アメリカのイエスの子」:HIVポジティブの少女ブランカは学校でイジメを受け、泣きながら帰宅。そこでは、薬中でHIVポジティブの両親が薬を打っている真っ最中だった…。
少女ブランカがモデル並みにオシャレでキュートなだけに、病気であることがよりいっそう痛々しい。学校での容赦ない苛めや、クラスメートの親の差別的発言など、直球でガンガン攻めてくるあたりはS・リー監督ならでは。わずか15分の短編とは思えないほど、いろいろな社会問題が詰め込まれている。ロージー・ペレスが、病気と薬でやつれた母親役を熱演しているのも見もの。
☆「ビルーとジョアン」:舞台はブラジルの貧民街。廃品回収をしながら暮らす兄と妹の微笑ましい兄弟愛を描いている。
ゴミの中から、自分だけの小さな宝物を見つけ喜ぶ妹の姿が愛くるしい。1日中、重いリヤカーを引きながらゴミを集めても、稼げる額はごくわずか。そんな世の中でも腐らず生きてる兄妹のたくましさにはホント頭が下がります。
ブラジルならではの躍動感あふれる映像と陽気な音楽も Muito Otimo!
監督はブラジル映画界期待の女性カティア・ルンド。
ほかに、裕福だが孤独な少女と孤児の少女が一つの人形でつながる「ソンソンとシャオマオ」(J・ウー監督)、泥棒を働いた少年が犬に追いかけられナポリの町を逃げ回る「チロ」(S・ヴィネルッソ監督)など。2007.5
ライフ・イズ・ミラクル LIFE IS A MIRACLE ★★
2005 My Best3 CINEMA
エミール・クストリッツァ監督、スラヴコ・スティマチ、ナターシャ・ソラック、ヴク・コスティッチ、ヴェスナ・トリヴァリッチ出演☆セルビアとの国境付近で暮らす鉄道技師ルカは、息子の召集、戦争勃発、妻の駆け落ち…といった突然の不幸に見舞われる。ある日、一人で暮らすルカのもとに、ムスリム人の看護師サバーハが預けられる。サバーハは捕虜となった息子を取り戻す切り札だったが、二人は惹かれあってしまう。
戦争という悲劇に見舞われながらも、絶望せず、自分に忠実に生きているルカが、たくましくて素敵に見えてきた。やっぱり、男は顔じゃないね。
クストリッツア作品の中では、毒っ気の少ないラブストーリーだった。少々物足りなさも感じたが、後半はルカとサバーハの一途な恋にホロリとさせられた。
線路の上で動かなくなった自殺願望の強いロバが、事あるごとに村人を助ける、というエピソードがケッサク。一見お馬鹿なロバが、村の守り神だったのねー。ロバ君がもっとも心温まるキャラでした。2005.7.16
ウンザ・ウンザ −スーパー8−
エミール・クストリッツア監督 ☆クストリッツア監督が、参加しているバンドのツアー裏を追いかけたドキュメンタリー。こんなマニアな映画が、満員御礼っていうのがうれしい。スラブミュージックファンはけっこういるんですねー。私は、監督の映画が好きだから見に行ったんだけど、やっぱり基本は「馬鹿騒ぎ」だったね。ユーゴの人々は、辛い悲劇も飲んで騒いで踊って乗り切ってきたのだろう。日本人にはないたくましさを感じた。
というか、この映画は、肩の力を抜いて酒飲みながら見たほうが楽しい。ついでに踊れちゃえばもっといいだろうな。2002.11
黒猫・白猫 ★★★
エミール・クストリッツア監督☆ 期待通りでした。今回は政治色をなくして、ジプシーの人々の喜劇的生活を葬式&結婚式をからめてたっぷり笑わせてくれました。車を食うブタとか、お尻で釘を打つ歌手、1mしかない妹、等など、その発想にはいつもながら驚かされます。やっぱり、監督はオリジナリティがないとね。でもって、ジプシーのおじいちゃんたちがみんな汚いの。けど、おかしいの。歌と踊りとおバカな奴等。もう、これぞ映画の真骨頂です。で、今、アービングの本を読んでるので、この2人の芸術家の共通姓を感じたのです。けっこう、シリアスな話(死とか奇形とか)を愛をもって笑いに変えてくれるんです、2人とも。私はこういう、偽善者ぶってない芸術が大好き。今、前向きに生きることに疲れちゃって、そんな堕落してる自分に少なからず罪悪感も感じているので、ジプシーの人たちのたくましく、かついいかげんなイキザマは私の気持ちを癒してくれるのでした。ブラボー!な映画でした。1999.8.23
アンダーグラウンド UNDERGROUND ★★★★
My Best1 CINEMA ★★★★
エミール・クストリッツァ監督,ミキ・マノイロヴィッチ,ミリャナ・ヤコヴィッチ,ラザル・リストフスキー,スラヴコ・スティマツ出演
☆1941年から始まった旧ユーゴスラヴィアの戦いと動乱の歴史を、マルコとクロという対照的な二人の男を通して描いた奇想天外な寓話。第2次大戦中、ユーゴ王国はナチス・ドイツに侵略され、クロを誘ってパルチザンに参加したマルコは、地下室に弟やクロの妻などをかくまう。マルコは地下の連中に「戦争は続いている」と50年以上偽り続け、下界で一人、私腹を肥やしていく。
ストーリーの斬新さとめまぐるしい展開がユーゴの戦争の歴史を痛烈に皮肉っている。こずるいマルコと愚直なカリズマ、クロの信頼と裏切りの関係も興味深い。
初めて見たときは、濃いキャラと奇想天外なストーリー展開に振り回されっぱなしで、ただただ圧倒された。
この作品は、ビデオで見るとちょっと濃すぎる映画なので、ぜひスクリーンで見て欲しい。
出てくる人間どもは9割以上ふざけた奴ら。だから、見ていて耐えられなくなる人もいるだろう。
カンヌで賛否両論に分かれたのもうなづける。私はもちろん大絶賛派である。
パンフレットには「ガルシア・マルケスの世界と共通するものがある」と書いてあったけど、高尚な作品という見方も出来るし、単に馬鹿な連中をみて楽しむこともできる。昔の筒井康隆ワールド、ジョン・アービングの世界にも近い奇天烈ワールド。一度試しにご鑑賞あれ。(1995)
【ピクシーの映画評】 「誇り ドラガン・ストイコビッチの奇跡」より抜粋
愚鈍ななまでに祖国に忠実であろうとするクロが「俺はセルビア人でもクロアチア人でもない。俺は俺だ。上官は誰かだと?上官は祖国だ」と叫ぶシーンでは涙がとまらなかった。
(セカンド・レビュー)
☆舞台は、ナチスに侵略された1941年のユーゴ王国。盗人仲間のクロを誘ってパルチザンに参加したマルコは、爆撃から逃れるため、動物を愛する弟や、身重のクロの妻らを地下室に誘導する。
一方、女優ナタリアの奪い合いで、ナチの将校から目の敵にされていたクロは、逮捕され厳しい拷問を受ける。瀕死のクロは、マルコによって地下室に匿われるが、以後、マルコは、地下室の時計の針を遅らせ、“戦争は続いている”と偽って、20年もの間、彼らを地下室に閉じ込める。
クロの愛人ナタリアを寝取ったマルコは、チトーの参謀の座を得、一人私腹を肥やしていく。
ナチ支配から、チトーの独裁を経て、ボスニア紛争まで、バルカン半島の激動の歴史を、マルコとクロという二人の男を軸に、壮大なスケールで描いた、奇想天外な物語である。
圧倒的な表現力で、観客を歴史の渦に巻き込み、皮肉たっぷりの独特のユーモアで心ゆくまで楽しませてくれる。
15年前に見たときは、策士マルコのずる賢さに、怒りさえ覚えたのだが、今回は、彼のクロに対するコンプレックスも感じとることができ、マルコに同情を覚えたほど。
力あるものになびく悪女ナタリアも、首絞めてやりたいほど嫌な女ではあるのだが、最終的には、罪悪感から逃れられずに自滅していく姿が不憫に思えた。
見る側も時がたつと変化するもの。
そこで新たな発見ができる作品こそが、歴史に残る名作と言えるのかもしれない。
この物語の悪者は、弱いものを都合のいいように振り回す、国家権力そのもの。
テーマは反戦、反権力ではあるものの、そこはクストリッツアなので、バリバリ硬派な社会派作品ではもちろんない。
個性豊かな登場人物は、ハチャメチャだけど、憎めないし、いたるところに笑いが散りばめられているのだ。
たとえば、この映画の英雄クロのプロフィールをかいつまんで紹介すると…
豪放磊落で、風貌はフィデル・カストロ風?
身重の妻のほかに、女優の愛人あり。
元電気職人で、ときどき盗人。パルチザンに参加し共産党員になる。
ナチから電気ショックの拷問を受けるが、感電免疫があって?見事生還。
目をパッチリ開いたまま眠る習慣あり。
地下で育った息子とともに、20年ぶりに地上へ。
浦島状態のクロは、憎きナチの将校を見つけ、復讐を果たす(実はそっくりな俳優)。
姿を消した最愛の息子を探し、再び戦場へ…。
というように、キャラも遍歴も超こってりの濃ーい人物。
クロだけでなく、他の脇役すべてに愛きょうがあり、どこか抜けているんだけど、みんなが真剣そのものなので親しみがわく。
その他、爆撃を受け騒然となる動物たちの様子や、時代の目撃者となるチンパンジーの表情など、お見事!の演技指導(?)である。
さらに、軽快なバルカン音楽の使い方、笑いを誘う小ネタ等々、本筋とは違った細部にも、様々な仕掛けが施されているので、何度見ても楽しむことができるのだ。
スケールの大きさと、細部へのこだわり、両方を併せ持ったクロサワ映画に匹敵する大作『アンダーグラウンド』。ぜひスクリーンでご覧あれ!2011.9
アリゾナ・ドリーム ARIZONA DREAM
エミール・クストリッツァ監督 ジョニー・デップ,ジェリー・ルイス,フェイ・ダナウェイ, リリ・テイラー, ヴィンセント・ギャロ出演
☆アクセル(J・デップ)は、叔父(J・ルイス)の結婚式のためにアリゾナを訪れ、そこで、夫を射殺した過去を持つ未亡人(F・ダナウェイ)、その娘グリース(リリ・テイラー)、映画狂の青年(V・ギャロ)らと奇妙な共同生活を始める。
非常に後ろ向きで現実逃避した作品ではあるのだが、人間、前向きに生きるだけがすべてじゃないと思わせてくれる憂いがあった。キャラはみんなどこか変で社会に馴染めない人ばかり。
とくに娘のグリースには感情移入できた。 愛情に縁がなくカメしか愛せなかった女が、母親の恋人だったアクセルの愛を得る。しかし、幸せを目前に自ら悲劇的な結末を選ぶ。グリースは、愛を感じたまま夢の世界へ旅立ちたかったのではないか。幸せは長くは続かないことを知っていたから…。
フェイ・ダナウェイ扮するエキセントリックな母、キャデラックをとおして古き良きアメリカにしがみ付く叔父、そしてそんな一風かわった人たちを愛する心やさしいアクセル。すべてが、悲しみを背負いながら、それでも不器用に生きているさまが美しかった。(1992)
ジプシーのとき TIME OF THE GYPSIES
エミール・クストリッツァ監督, ダボール・ドゥイモビッチ,ボラ・トドロビッチ出演
☆ただただ圧倒された。見る人によっては、癖が強すぎて耐えられないかもしれない。
クストリッツアの作品の中では、一番アクの強い作品である。
ジプシーの世界に常識は通用しない。みんな生きるためにはなんでもやる。そのくせ人々はみんな熱くて陽気で奇天烈。盗みあり、裏切りありのひどい世界なんだけど、そんな奴らに振り回さながらも陽気に生きてく人々の生きざまがすごい。
ヌクヌクぬるま湯につかって生きてる日本人と対極にあるのがジプシーかも、と思った。それだけ強烈なジプシーにあっぱれ!(1989)
パパは、出張中! WHEN FATHER WAS AWAY ON BUSINESS
エミール・クストリッツァ監督,モレノ・デバルトリ,ミキ・マノイロヴィッチ,ミリャナ・カラノビッチ出演
☆舞台はスターリン主義の色濃い50年代初頭ユーゴスラビア。社会では密告が見境なく行われ、人々は疑心暗鬼に陥っている。そして、少年マリックの父親もその犠牲となってしまう。
収容所に収監された父を、母は“出張中”と少年に告げごまかすのだが…。
不倫相手のささいな一言で逮捕された男とその家族の物語。夢遊病の子供の目から見た父と家族の姿が、そのままユーゴの政治社会を反映している。子供たちの親は聖人ではないけれど、逮捕されるほど悪くもない普通の人間。ラストの少年マリックの悲しげな笑みは、その後のユーゴ社会を愁いているような悲しげな微笑みだった。(1985)
【旧ユーゴスラビアの近代史】
1942年〜 |
ナチス・ドイツがユーゴスラビアを占領・分割。
チトー*を中心としたパルチザンがナチに抵抗。(パルチザン戦争) |
1946年〜 |
チトーを大統領に独立の社会主義国家「ユーゴスラビア」が誕生。 のちにスターリン率いるソ連への従属を拒み対立する。
他の東欧諸国と違い、独自の共産主義国家を目指して西欧諸国と密接な関係を持ち続ける。 |
1980年〜 |
チトーが88歳で死去。のちに経済不況がユーゴ内の南北格差を生み、民族対立が激化。不穏な情勢のなか、セルビアにミロシェヴィチが登場。セルビア人の民族感情に訴えることで支持を獲得する。 |
1991年〜 |
東ヨーロッパ諸国の共産政権崩壊に影響され、スロベニア、クロアチア、ボスニア・ヘルツェゴビナが次々と独立を宣言。これに対しミロシェビッチ率いるセルビア側が抵抗し、内戦勃発。さらにNATOが介入し、戦火が広がる。
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2000年〜 |
ミロシェビッチ政権崩壊。 |
2003年2月 |
ユーゴスラビア連邦を改編して新国家連合セルビア・モンテネグロ共和国が発足。.4月にセルビア共和国のジンジッチ首相が暗殺されるなど、政情不安は続く。 |
2006年6月 |
セルビア・モンテネグロがセルビア共和国とモンテネグロ共和国にそれぞれ独立分離。モンテネグロの独立は約88年ぶり。 |
2008年2月 |
コソボが独立を宣言するがセルビアは認めず。 |
*チトー:人民解放軍「パルチザン」のリーダー。クロアチア農民出身。第一次大戦でオーストリア・ハンガリー軍の兵として東部戦線で捕虜となり、共産主義と出会う。本名はヨシップ・ブロズ。
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