旅先で出会ったCINEMAたち

バリ編 bali
2004.12.28-2005.1.5

monkey

2004年の年末年始、念願のバリ島を訪れました。「昼寝三昧しよう」と、本をたくさん持っていったのですが…。
参考CINEMA:「危険な年」(ピーター・ウィアー監督メル・ギブソン、シガーニー・ウィーバー出演)1965年スカルノ政権下のジャカルタが舞台の社会派ドラマ。インドネシアの近代史を知ることができます。若々しくて美しいメル・ギブソンも拝めるBOSSAオススメの一本です。

12月28日*日本→グアム→バリ 
12月29日*ウブド(ジェゴグ鑑賞) 
12月30日*ウブド(エステ体験)
12月31日*レギャン(パーティー)
2005年1月1日*ヌサドゥア,ジンバラン(ビーチ)
1月2日*キンタマーニ高原,ライステラス観光
1月3日*スミニャック,クロボカン(買い物)
1月4日*バリ→グアム
1月5日*グアム→日本


12月28日

6:00AM バスで成田に向かい、定刻どおり8:00AMに到着。さすがに年末の成田は混んでいる。
チェックインしようと思ったら、係員に呼び止められ、スーツケースの中身をチェックされた。年末の一人旅がめずらしいからなのか。はじめてのことだったので、かなりビビる。
11:00AM 定刻どおりに成田を出発。グアム行きの飛行機は日本人のファミリーで満席。まるで保育園のようだけど、気にせず「シャーク・テイル」を鑑賞する。
3:30PM(日本との時差:+1時間) グアムまではたったの3時間半。客が日本人だらけなのも納得の近さだ。 乗り継ぎの待ち時間が長いので、一度外に出て両替でもしよう、と気楽に構えていたのだが、入国審査の窓口は、満員電車のように人で埋め尽くされている。
これじゃあ、何時間かかるかわからない。予想はしてたけど、恐るべし日本人観光ファミリー!
早く抜けるのをあきらめて本を読み出したら、乗り継ぎの人だけ別の窓口に通してくれた。

パスポートを見ていた入国審査官から「Happy Birthday!」と祝福され、ちょっと照れる。誕生日を忘れたい年齢なんだけど、意外なところでお祝いされるとうれしいものだ。
「左に行って」と言われたが、時間もあるので、間違えたふりして右に行き、外に出る。ところが、ドルのT/Cを現金に両替しようとしたら、5$も手数料がかかると言われてしまう。なんでだかわからないけど、当てが外れてがっかりだ。
グアム空港は小さくて、とくにすることもないので、諦めてゲート内に戻ることにする。
ところが今度は、係員から不審に思われてしまう。平謝りしてなんとか切り抜けたけど、きちんと言われたとおりに行動すべきだった。
(後でわかったけど、これってかなり危険な行為だったようだ。今、アメリカ国内は入国がすごく厳しくなっていて、観光客でも容赦ないらしい。今回は謝って入れてもらえたけど、よその国にいることを忘れちゃいけない、と大反省しました。)

時間がたっぷりあるので、グアムの免税店でサングラスや化粧品など必需品を買い物した後、ゲートの前で友人Aとおち合う。会うのは1年ぶりだが、相変わらず元気ハツラツのA。
6:30PM グアムを出発。バリまでは約6時間のフライトだ。 はじめは順調にAとおしゃべりしていたのだが、機内食がまずかったせいか、機内が暑いせいか、軽い頭痛と吐き気に襲われる。
初日から体調を崩したら旅がダイナシである。ちょっと憂鬱になりながら、じっと耐える。

10:00PM バリ島に到着(日本との時差:-1時間)。地上に降りると、さっきまでの頭痛も消え、頭はすっきり!旅のはじまりにワクワクする。
入国審査を出て、25$の入国ビザを払う。ドルを持っていなかったアメリカ人は、カードで払っていた(入国ビザがカードで払えるなんて、おかしな話だ)。
窓口を出たところに、銀行のATMが数台並んでいたので、さっそくcitibankのATMでお金を引き出す。
もたもたしてたら、はじめからやり直しになったりしたけど、便利になったものです。

空港から宿泊先のグランド・バリサニ・スイーツ・ホテルまでは、道が混んでいたりして、1時間近くかかってしまう。予想はしてたけど、かなり町はずれで、周りには何もない。ホテルは、ところどころコケがはえた石で造られている。中庭には大きな噴水があり、なかなかいい雰囲気。部屋も広々してるし、ツインで約50$は格安だ。
 テレビをつけると、やはりニュースはアチェ地区の津波のニュース一色。日本では絶対映さないような犠牲者の生々しい姿も映し出され、ブルーな気分になる。5年前、Aと一緒にプーケット&ピピ島にいったことを思い出し「もし前回がバリで、今回がプーケットだったら…」などと想像してしまう。 詳細はタイ旅行記へ
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12月29日

7:30AM 旅の初日は、雨の音で起こされる。やっぱり、雨季は雨の日が多いようだ。空は雲で覆われていて、今日は晴れそうにない。
昨日のフライト疲れも残っていたので、午前中は部屋でゆっくりして、午後から車をチャーターして、街に出かけることにする。
その前にシャワーを浴びようとするがお湯がでない。東南アジアではよくあることとはいえ、このまま1週間シャワーを浴びれないのはさすがに我慢できない。「帰ってくるまでに直しておいて」と、念を押して出かける。
Aの友人のサーファーから紹介された英語の達者なドライバーは仕事が入っていたため、弟君がやってきた。あんまりやる気のなさそうな青年で、1日チャーター20万ルピア(約3千円)で交渉成功。
まずは軽くクロボカン、スミニャック、レギャンのメイン通りを流してもらう。道は想像以上に混雑している。
途中、クタの中心にある爆弾テロのあった跡地で降りる。モニュメントには亡くなった人々の名前が刻まれていて、日本人の名前もある。
つい3日前に大地震&大津波があったばかりなので、他人事とは思えない。自分は運がいいほうなのかも、と再確認する。
(2002年10月12日11:15PM クラブ"Sari Club" と "Paddy's"付近で爆弾テロがあり、死傷者500人以上を出す惨事となった)

渋滞のクタを抜けて30分で官庁街のあるデンパサールへ。さすがに道も広く、りっぱな建物が多い。続いてバティックの専門店と、銀製品の専門店へ連れて行ってもらう。種類が豊富で品もいいが、値段も高い。もちろん見るだけにする。

jl30分ほどでウブドに到着。道の両側にはおしゃれなお店がいっぱいで、あれもこれも欲しくなるが、まずは腹ごしらえ。
インドネシア料理店ワルン・ビアビアで(バリの達人オススメの)鳥粥とカレーを食べた後、ウブドのバザールを散策。バザールでは、案の定えらくふっかけてくるので「半額なら買う」と冗談半分で言うと、「半額にするよ」と言う。つい勢いでサロン(布)(5万ルピア=600円ぐらい)とベルト(4万5千ルピア=500円ぐらい)、それと大好きなマンゴスチンを購入する。
(後でわかったことだけど、これでも相場より高い値段(^^;レギャンではサロンの相場は3万ルピアだった。わかっていたはずなのに、しっかりとカモにされてしまいました)
暑い中のショッピングは体力を消耗するので、休憩もかねて「モンキー・フォレスト」で猿を見学。とくに日本の猿と変わったところはないのだが、みんなのびのびとジャングルを飛び回っていた。

7:00PM ジェゴグ ムバランの会場プラダラム・ウブド寺院に到着。(チケット(8万ルピア)は街中で買っておいた)さすがに日本人客が多く、あっという間に満席になった。

【ジェゴグ:バリ島西部のヌガラ地方でのみ行われる伝統的な水牛レースの際に演奏されるもの。大小14台の竹で出来たガムランで合奏する】
ジェゴグは音の響きが独特で、金管のガムランより耳にうるさくない。
今日は、年末特別公演ということで、ウブドのチームと本場ヌガラのチームでバトル演奏をやってくれた。 ヌガラ
本家本元のジェゴグ・グループ「二ティ・スワラ」ヌガラ

ウブド
新進ジェゴグ・グループ「ヨワナ・スワラ・ウブド」
ダンス1
神をもてなす踊り「ペンデット」
少女たちの目と手の動きが独特でかわいい。

ダンス2
農夫の踊り「ゴパラ」
日本でいえば「やすき節」みたいなもの。青年たちの動きと表情がこっけいで、思わず笑ってしまった。





ダンス3
白鷺の踊り「チャンガッ」
衣装と冠が豪華で綺麗。


ダンス5
水牛レースの踊り「ムカプン」
たくましい男たちの動きにうっとり。







たっぷり1時間半。ダンスと力強いジェゴグの演奏を堪能したあと、ウブドを後にする。初日からバリを満喫して大満足である。
9:30PM やっとホテルに到着して、シャワーを浴びようとするが、まだお湯が出ない。さすがに頭にきたので「お湯が出ないなら、ほかの部屋でシャワーを使わせてくれ」と要求。「直すからちょっと待って」と言ってきかないので、ホテルのレストランでしばらくゆっくりしてから部屋に戻る。
何をどう直したのか知らないが、戻ってみると、しっかり熱いお湯がでた。これでぐっすり眠れるわ。
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12月30日

8:00AM 今日は6時間耐久SPA(130$)にチャレンジである。10:00AMまでにスパのあるウブドに行かなければならないのだが、昨日の弟君が迎えに来ない。さては、昨日、夜遅くまでこき使ったから嫌になっちゃったかなあ。
Aが兄に電話を入れると、15分後に別のドライバーが迎えにきた。今度の人は英語が苦手だけど、徳島で3年働いていたことがあるので日本語が上手である。
送迎だけなので、8万ルピアにして欲しい、とAが交渉する。さすが営業ウーマンだ。

10:30AM 30分遅刻してウブド・サリ・ヘルスリゾートに到着。ウブドの中心街より少し奥に入った森の中にあるので、静かである。
6時間耐久SPA、まずはじめは全身のオイルマッサージ。気持ちよくてついウトウト。
続いてお米やターメリックの混ざった粉でスクラブし、スベスベとなった肌にミルクを塗る(マンディ・ルルール)。皮膚の弱い箇所は痛そうなので、省いてもらう。
頭ボサボサ、体はミルク付けの状態でサロンをまき、別棟へ連れて行かれる。途中、男性客にジロジロ見られてはずかしい。まるで、引き回しの刑にあってる囚人のようである。
別室には花の浮いたお風呂(フラワー・バス)があり、20分ぐらいつかる。お風呂が大きくて、横になるとおぼれてしまいそう。このあたりから、汗ダラダラ。
「ちょっと休憩したーい」と、言う間もなく、泥パック用ベッドに寝かされる。全身泥だらけになり、電熱板の上に寝かされ、さらに布団に包まれて20分。気が遠くなりそうなほど熱い。助けてくれ〜。
ここまでくると、SPAというより修行である。
なんとか我慢してやっと自由の身に。ところが、これでやっとランチにありつける!と思ったら、お次はサウナ、さらにはミスト・サウナに入れと言う。さんざん汗かいたのに、まだやるのお。勘弁してくれ〜。
さすがに言いなりはきついので、早めに出て水を飲む。どうやら「6時間SPA」は、ダイエット仕様のようである。

1:00PM やっとランチタイム。汗をかいたあとなので、マンゴジュースとサンドイッチがとってもおいしく感じる。
午後は、シャンプー&マッサージ(クリームバス)と、ペディキュア&マニキュア、フェイシャルマッサージという比較的、楽な内容でほっとする。
エステの総合評価:エステティシャンはマッサージは上手だったが、マニキュアは?だった。あと、更衣室が汚いのと、ほとんど裸状態の姿を男性に見られてしまう、開放的すぎる作りがちょっとマイナス。

実 5:30PM 長かった耐久SPAが終了。さすがにどっと疲れた。買い物する気にもなれず、雨も降ってきたので、SPAからJAZZ CAFEというライブハウスまで送ってもらう。時間が早いせいか客はいない。ビールとサテを食しながらまったりする。
8:30PM ライブが始まらないので、ドライバーを呼んでホテルに戻ることにする。
1時間かかってホテル到着。2日連続で、片道1時間以上かかるウブド往復はさすがに疲れた。やっぱりウブドに何泊かするべきだった、とちょっと後悔。今日が誕生日だったことも忘れてぐっすり眠る。

雑感:スパでペディキュアをしてもらっているときに、前の泥川で原住民が魚釣りしたり、草を摘んでいるのを見ていた。たぶん、今晩のおかずをさがしてるのだろう。
日本にいるときは、私は、あっち側に近い市井の人間。なんでも自分でやらなければならない。でも、ここバリでは何でもやってもらえるリッチな旅人してる。なんかちょっとこそばゆい。やっぱり私は根っからの庶民なのかもしれない。

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12月31日

8:30AM 本日は快晴。ホテルでゆっくりする時間も惜しんで10:00AMのシャトルバスでレギャンの町へ。
レギャンパラディソホテル前で降り、ショッピング開始。想像以上にお洒落で安いものばかりなので、ついつい財布の紐が緩くなる。買い物好きは女のサガ…。
サンゴのブレスレット(9万ルピア)と、刺繍のバッグ(4万5千ルピア)、帽子(4万5千ルピア)などを購入。このあたりの店ではディスカウントはあまりしてくれないが、ぼったくりバザールに比べたら格段に安くて品もいい。バリで買い物するならレギャン&スミニャックはオススメである。

1:00PM スミニャックにある「テラス」という店でランチをしようと思ったが、カウントダウンパーティーの準備で忙しい、と追い出されてしまう。そこで、テラスよりちょっとクロボカン寄りのギリシア料理店パンタレイでゆっくりランチ。こってりしたギリシャ料理はおいしいけど、少々胃にもたれる。でも、店の雰囲気は開放的でいい感じ。

葬式1買い物の途中で大勢の行列に出くわした。(葬式?)だと思うのだが、人々はみんななんだか楽しそう。神々の国バリならではの豪華なイベントである。

葬式2←笑顔の子供たち

豪華な棺(たぶん)↓ 葬式3

3:45PM パラディソホテル前でホテルのシャトルバスにピックアップしてもらうはずだったが、道が渋滞しているせいかなかなか来ない。炎天下30分待つが、あきらめてタクシーを拾う。
2万ルピアであっという間にホテルに到着。
教訓:日本円で300円ケチるよりは、タクシー拾ってさっさと帰るべし。ケチして体力消耗するのはアホらしい
4:30PM 体がほてってしまったので、ホテルのプールで身体を冷やしてからシャワーを浴びる。

8:00PM からホテルの庭でカウントダウン・ディナー。(70$強制的に払わされた。バカ高いけどこの日だけはどこのレストランでも特別料金だから仕方ないか)
食事しながら、地元のバンドの演奏や歌を聞いたり、レゴン・ダンスを見る。アットホームな雰囲気で、のんびりしていい大晦日なのだが、さすがにこれだけではちょっと物足りない。
やっぱりせっかくの大晦日なのだから、もうちょっと盛り上がりたい。ということで、入場料が30万ルピアもするレストラン「クーデター」のカウントダウン・パーティーに出かける。

11:00PM ホテルからタクシーでクーデターへ。わずか5分の距離なのに、運転手は「特別料金だ」と言って5万ルピア要求してきた。渋々承諾。
「クーデター」に到着すると、荷物のチェックまであって、ちょっと物々しい雰囲気。中に入ると、ここはどこ?私は誰?って感じ。そっちもこっちも白人だらけ。日本人ほとんどいないしー。ここはほんとにバリなのお?
男性はみんな白いカッターシャツ、女性はセクシーなドレス着てて、ちょっと気後れしてしまったが、酒の力を借りて気持ちを奮い立たせる。
せっかく来たのだから、楽しまなきゃ!
「PLAY BOY」が協賛してるみたいで、巨大スクリーンにはプレイメイトの映像、ウエイトレスはみんなバニーちゃんと化している。
そこそこ酔っ払っていい気分になってきたのだが、ビールを飲むと当然トイレに行きたくなる。ところが女子トイレが1個しかないものだから、長蛇の列。
もれそうにソワソワしている人がいたり、カウントダウンに間に合わない!ってイライラしている人がいたり。
私は比較的、生理現象に余裕があったので、インターナショナルな人たちのハイテンションぶりを眺めて楽しむ。

大晦日なんとかトイレの列から一抜けして、いよいよカウントダウンの瞬間!抱き合ってキスする男女や、大勢で騒いでいる人など、さまざまな2005年のニューイヤーを迎えている。
日本だったら「はいっ、みんなで声をそろえてー!」なんて誰かが音頭とるんだろうけど、みーんなバラバラ。それがまた新鮮でもある。
私たちは乾杯してNewYearを祝い、裸のメンズたちと写真とったり踊ったりする。
2:00AM さすがに立ちんぼが疲れてきたのでホテルへ戻ることにする。
(雑感:「クーデター」は予約(24万ルピア)しないと入れないと思ったが、電話で当日の夜聞いたら、お金払えば予約なしで入れるといわれた。でも、スパで会った日本人は「前日に聞いたら、予約さえできなかった」と嘆いていた。
私たちはAが流暢な英語で電話したから入れてもらえたのかなあ?これって日本人差別?ナゾである)
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1月1日

Happy New Year!ついにきてしまった2005年
9:00AM 昨日の興奮が残っているせいか、はやくに目が覚める。幸い天気もいいので、ドライバーを11時に呼んで、島の東側にあるヌサドゥア・ビーチへ。
ビーチここヌサドゥアは、クタと違って波がほとんどない。ジェットスキーやパラグライダーを楽しんでいる人もいるが、ほとんどはベンチに寝転がっている。私たちも3万5千ルピア払ってホテルのプライベート・ビーチでまったりする。
ダラダラしたり、マンガ読んでる間に3時になり、小腹も減ってきたので、ビーチを後にする。
夕食まではちょっと時間もあるので、近くのスーパーマーケットに寄ったり、ヌサドゥアのホテルを車でまわってもらう。ヌサドゥアはクタ近辺とまったく違い、大型リゾート開発地域。道も整備され、ゴミひとつ落ちていない。きれいで過ごしやすそうだけど、なんだかバリっぽくない。これじゃ、グアムやハワイと変わらない。

4:00PM 夕日を見ながらシーフードが食べられるジンバランカフェへ。
生きた海老とカニを箱から選んでバーベキューにしてもらう。味は正直いまいちだったが、観光名所もひととおりクリアしないとね。
サンセットは、水平線に雲がかかっていて、あまりキレイに見れなかった。残念〜
食後、クタからホテルに戻る途中、ひどい渋滞にはまってしまう。さすがにお正月だ。
車がクーラー付きでないのと、昨日の寝不足がたたってか、気分が悪い。
明日の予定を入れさせようとするドライバーに「明日決めるからっ」と、きつく言ってしまう。(反省^^;)
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1月2日

8:00AM 電話で起こされる。昨日のドライバーかと思ったら、Aが紹介された英語の達者なドライバーからだった。「今日は仕事がないから自分が案内する」と売り込んできたのだ。
昨日のドライバーには悪いけど、遠出にはエアコン付がいいので承諾する。ちょっと気の毒だけど、客の取り合いはよくあることなのだろう。
9:00AM ドライバーが迎えに来るので、あわてて支度。今日のドライバーはさすがに商売上手で、いろいろと行く場所を説明してくれる。
途中、なんでかしらないけど、奥さんも一緒に連れて行きたい、と言い出した。別に断る理由もないので承諾する。おそらく、待っている間の話し相手が欲しかったのだろう(日本じゃありえないけどね)
途中、ドライバーの家でトイレを借りる。ただ穴の開いた便器があるだけで、用をたした後は、横にある桶で水を汲んで流す、といういたって簡単なトイレである。大をしたときはどうするんだろう?などと疑問に思ったが、追及できず。--;
ライステラスキンタマーニ高原ヘ行く途中、ウブド近くのトゥガランという村に立ち寄る。
山の斜面に作られた段々田んぼ、通称「ライス・テラス」はまるで絵画のよう。緑の水田とココナッツの木がうまく調和している。
日本ではみられない田園風景にうっとりする。


高原さらに30分ほど走ると、キンタマーニ高原に到着。標高が1500メートルあるので気候もさわやかである。
日本でいえば夏の軽井沢、といったところだろうか。
雲ひとつない青空にそびえるバトゥール山とカルデラ湖を眺めながらランチをとる。ビュッフェ式でけっこうおいしかったんだけど、ビールがぬるかったのでマイナス1点。



寺院続いてティルタ・ウンプル寺院ヘ。沐浴にきている家族連れなど、地元の人でにぎわっている。尊い聖水が湧き出る泉は囲いがしてあり誰も近づけない。さすがはヒンズー教徒の国バリ。神が宿る場所をなによりも大切にしているのである。
ホテルに帰るにはちょっと早いので、ウブドにあるネカ美術館へ立ち寄る。ここにはバリの古典的絵画から現代の作品、バリに移住したオランダ人画家の作品などが展示されていた。

hotelちょっと小腹もすいたので、フォーシーズンズ・ホテルでお茶する。丘に立てられたホテルからの眺めは、360度森、森、森…。まるで宙に浮いているよう。
すばらしい景観にうっとりしながら、女王様気取りで、ゆっくりアフタヌーンティーを楽しむ。



boyウブドの中心にあるサレンアグン宮殿では、少年少女が踊りの練習中。少年たちは、遊んでるのか練習してるのかわからなかったけど、かわいかったので思わずシャッターきりました。


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1月3日

あっという間のバリ旅行後半。疲れが出てくる頃である。いつも元気ハツラツなAが昨晩から調子を崩してしまう。部屋で寝たいというので、邪魔するのも悪いので、スミニャックへショッピングに出かける。
ビーチ今日は、布の問屋があるというダブルシックス通りを攻める。わき道なのに、ここも手ごろなお店がいっぱい。とくに、サロンの店がたくさんある。
ゆっくり店を見て歩き、銀のネックレス(10万ルピア)と、サマードレス(9万ルピア)などを購入。
一人で買い物していると、つい休憩するのを忘れてしまい、わずか2時間でへとへと。
レギャンビーチまでゆっくり歩いてひと休みする。
3:00PM ホテルに戻るが、Aはまだ回復していないようなので、私も部屋のテラスでゆっくりする。
夜はモロッコ料理へ。店のつくりはとってもお洒落だし、味もまあまあで、ほぼ満足。
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1月4日

ついに最終日。あっという間の1週間。バリとの別れを惜しみながら荷造りをしていると、突然、腸がグルグルと言い出した。マズイ…。
最後までなんとか胃腸をもたせたかったのだが、最後の日についにやってきた。胃も痛くないし、体も軽いのだが、なぜか腸だけが悲鳴をあげている。
それでも、最後にお洒落な店に行こう、ということになり、朝食を抜いて、クロボカンにあるフレンチレストランローラでランチをする。店内には、現代アートが飾ってあり、小物のひとつひとつがとてもしゃれている。さすがに、お腹いっぱい食べるのは危険なので、パスタとジンジャーティーだけ(500円ぐらい)にする。

3:30PM 帰る前に、さっぱりと汗を流すため、空港近くのプトゥリ・アユというスパへいく。ちょっと相場よりは高いけど(1.5時間で7000円ぐらい)、日本人がオーナーなので、さすがに清潔。マッサージの腕はまあまあだったけど、みんな「すみませーん」という日本語を合言葉のように使っていてかわいい。支払いは、残ったルピアと日本円で混ぜてできたり、空港まで送迎してくれるなど、サービスもGOOD。
ビーチ最後の腹ごしらえは、ジンバランのインターコンチネンタルホテルの目の前にある屋台風レストラン。客は一人もいないし、暗いし、BGMはところどころ音が飛んでるし…。おしゃれとは程遠い店だったが、カニスープの味はまあまあ。ラストディナーはもっと豪華にいきたかったんだけど、二人して腸がグルグルいってるので仕方ない。 (教訓:東南アジアでは最終日まで胃腸がもたないことが多いので、おいしいもの、絶対食べたいものは、旅のはじめに食すこと!)
 フライト時間まで、豪華なインターコンチHを見学し、定刻の10:50PMにバリを後にする。


1月5日

6:00AM  飛行機の中からグアムの日の出を見る。寝苦しかったけど薬を飲んだせいか、行きよりはあっという間のフライトだった。
グアムの入国審査はかなり厳しくて、乗り継ぎ時間に間に合うか冷や冷や。ハワイへ帰るAと慌しく別れて、7:20AM 私は、保育園と化したグアム発成田行きの飛行機に乗り込み、コッテコテの青春ラブストーリー「First Doughter」を鑑賞。
あっという間の3時間。日本に帰りたくはないけど、働いてお金をためなければ旅はできない。
「この次バリに行くときには、ウブトとサヌールに滞在しようかな。バリの絹織物も買いたいなあ…。レストランはあそこにも行きたいし…」。次にバリを訪れるのはいつになるのかわからないのに、ガイドブックを見ながら、また、旅の続きをはじめてしまった。
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